恵山のつつじ  中腹まで満開です。(5月)


広大な恵山火口原に群生するイソツツジ(6月上旬)



10月31日 恵山高原 ドウダンツツジ

夏も終わりすすきが出始めていた。恵山は6月のつつじが有名だが、1年中楽しめると思う。ただ道路が狭い。



汐首岬からイカ漁に出る漁船(10月)

函館から恵山に向かう途中、戸井町(函館市戸井)の入り口に汐首岬(本州への最短地点)を通る。青森県大間方向が見え、フェリーがすぐそばを行き交い、天気の良い日は本当に本州が近い。(約17.5km)
なお、函館から東の戸井、恵山、椴法華の三町村を昔から下(しも)海岸といった。これは城のある松前を上(かみ)とし、その反対を下とした函館の人たちが言いだした言葉である。(石垣福雄著北海道の方言紀行より)










恵山から20kmほど北に走ると昆布の町南茅部がある。
最近は、縄文の大船(おおふね)C遺跡でも有名になった。大船C遺跡は、縄文時代前期末から中期末(今から約5,200年前〜4,200年前)の集落跡。3,500年前から96軒の竪穴住居が発見されており、多くの人々が長い間生活できる豊かな集落であったと考えられている。現在は保存のため埋め戻されている。白くカバーがかけられているが、長さ11メートル深さ2.4メートルの2階建ての大型建物の跡。

道南の遺跡

活火山で写真ではわかりにくいが、煙も出ている。恵山はアイヌ語の「イエサン」(火を吹き溶岩が流れ落ちる)から由来しているという。また、津軽海峡を越えて見える下北の恐山(むつ市)と姉妹霊場であり、硫黄や砂鉄の産地でもあった。
戸井の武井(ムイ)の島 ムイ(オオバンヒザラガイ)は、寒流域にすむ世界最大のヒザラガイ類の貝で、日本でも体長20cmに達する。大きく鋭利な歯舌歯で海藻を切り取って食べ、食用にされています。
アワビとムイが喧嘩し、武井の島の東がムイ、西がアワビが棲み分けることになったといわれています。
今から約5千年前の縄文人は、津軽海峡の潮流が弱まる時期に木船で津軽海峡を行き来していたと考えられています。
そこで当時の縄文人が津軽海峡を木船で渡っていたという仮説を実証すべく、「津軽海峡ロマンロード実証事業」が実施されることになりました。
1チーム5人で構成された5チームの漕ぎ手も決定し、実施日に向けて日々筋力ア ップに励みました。
平成14年6月19日(水)午前5時青森県大間町を出発し、午後2時頃9時間かけて北海道戸井町に無事横断に成功しました。

恵山の東側、椴法華(とどほっけ)村の水無(みずなし)海浜温泉。この露天風呂は潮の干満で海水の量がことなり、温度も変化する。

南茅部(川汲)への途(10月)
函館から南茅部、椴法華(とどほっけ)、恵山、戸井、函館と渡島半島の東海岸を一周できます。なお、平成16年(2004年)戸井町、恵山町、椴法華村、南茅部町は函館市に編入合併した。
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青函圏の昔話

北海道あっちこっち(U)>恵山